のんびるインタビュー「『中絶』を語る それぞれの 言葉から 石原燃さん(劇作家、小説家)」

いしはら・ねん 日本の植民地時代の台湾を描いた『フォルモサ!』が劇団大阪創立40周年戯曲賞大賞を受賞。
ほかに小説『赤い砂を蹴る』(第163回芥川賞候補)、慰安婦問題を扱った戯曲『夢を見る』、男性の性暴力被害を描く戯曲『蘇る魚たち』、
中絶を題材にした戯曲『彼女たちの断片』など。

2023年に日本で初めて経口中絶薬が承認されるなど、「人工妊娠中絶」をめぐる状況は変わってきています。 しかし、法律や医療制度の問題、中絶に対する偏見など、多くの課題は残されたままです。中絶を語った当事者の言葉から、何が見えてくるのでしょうか。
聞き手・構成/濵田研吾 写真/堂本ひまり

中絶の「複雑さ」から 浮かんでくること
─石原さんと大橋由香子さん(※1)が編著者となった『わたしたちの中絶 38の異なる経験』(明石書店)を読みました。20代から80代女性の経験が語られ、中絶にはいろんなケースがあることに気づかされました。  
今回、このような本をなぜつくったのか、自分でもずっと考えてきたのですが、中絶の複雑さを「誰に」知ってもらいたいかという意味で、ふたつの理由があると考えています。   ひとつは、中絶の実情をまったく知らない人たちに、中絶の複雑さを知ってもらい、法律や医療制度、人の意識を変えるきっかけにしてほしいということ。中絶に対する議論を深める前提として、「これだけ複雑なんだよ」ということを、まず多くの人に伝えることが必要です。
─当事者にとっても、中絶に対してさまざまな受けとめ方があることがわかりました。  
ひとくちに中絶といっても、その人の状況によって、受けとめ方はさまざまです。悲しかったという人もいれば、ホッとしたという人もいる。また、「悲しみ」とひとくくりにされるなかにも、喪失の悲しみもあれば、誰かの心ない言葉に傷ついた悲しみもある。 「大変だった」「つらかった」と聞いて、「やっぱり中絶は不幸なものだ」で終わってしまうのでは駄目です。その中絶を、どうすれば改善できるのかを考えなくてはならない。それを考えるためにも、まずは中絶の複雑さを知ってもらうことが大事ではないでしょうか。   今回の本にはもうひとつ、こちらの方が大事だと思うのですが、中絶を経験した当事者たちに、他の経験者の言葉を届けたいという思いがあります。
─そこは読みながら、強く感じました。  
中絶に限らず、どんな経験も、その意味を考えるには「言葉」が必要です。でも中絶については、その語りにくさによって、言葉を持たない人が多い。その状態で考えようとしても、紋切り型な「悲しみ」や「罪悪感」に絡め取られてしまいます。そうした既成概念に囚われずに自分の経験を考えるためにも、さまざまな当事者たちの語りの言葉はとても助けになると思います。   日本では「中絶の意味を考えてほしい」と言うと、反省しろというニュアンスを含んでしまって嫌なんですが、そうではなくて、ただ本当の気持ちを見つけてほしい。本当の気持ちはとても複雑ですから。近くに話し合える人がいればいいけれど、そうでない人も多いです。そういう人がこの本を読んで、いろいろなケースや価値観があることを知り、そこで得た言葉で考えてくれたら嬉しいです。

中絶そのものに 傷つけられたわけではない
─石原さんにも中絶の経験があります。  
私は中絶したことに対して、悲しみや罪悪感は持っていません。「中絶=人の死」という考え方には、初めからピンときませんでした。私は幼いころに、弟を亡くしています。悲しむ母の姿もそばで見ています。中絶が、そうした子どもの死と同じものとは思えなかった。無理にそう思おうとすると、自分のなかで「嘘だ」と感じてしまうんです。  いっぽうで、中絶したことに対して、何かしら傷めいたものはあった。その傷がなんなのか、なかなか言語化できずにいました。それが世間一般に言われている中絶の悲しみ、罪悪感なのかと思ったりもしました。でも、いろいろ知っていくうちに、中絶そのものに傷つけられたわけではないことがわかった。医師の冷たい態度とか、家族の言葉とか、要は人びとの偏見に傷ついていたわけです。


石原燃、大橋由香子編著 『わたしたちの中絶 38の異なる経験』(明石書店、本体2,700円+税)

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◆5.6月号目次◆

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